家で働く

アリス・ローソーンによるホームオフィスにまつわる考察

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2020年、世界中がCOVIA-19感染拡大の危機にさらされ、オフィスで働くということ、部署やチームのあり方を必然的に変えざるを得ない状況になりました。世界的なデザインジャーナリストであるアリス・ローソーンが、ホームオフィスの歴史について、そして近い将来起こり得る事態について語ります。

レオポルド・ブラシュカとルドルフ・ブラシュカの親子は、1800年代後半に活躍したドイツのガラス工芸家です。海洋生物や植物のガラス標本の設計、製作を手掛け、世界各地の博物館や大学に送ることで生計をたてていました。父であるレオポルド・ブラシュカは、ドイツのドレスデンに大きな家を購入し、自宅兼研究室・工房として使用していました。クラゲ、ナメクジ、タコ、カタツムリ、、、レオポルドと息子のルドルフが、まずは解剖することから研究を進め、模型製作までを行ったその家は、まるで水族館のようでした。一人のアシスタントもなく、粛々と二人で研究と製作に勤しんだブラシュカ親子は、現代の技術でも再現が難しいほどの精巧なガラス模型を何千個と世界中の自然博物館や大学に送り届けました。
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1895年、レオポルドが死去した後は、ルドルフがたった一人でその仕事を引き継ぎました。彼は生涯のほとんどの時間を研究とガラス模型製作に費やしました。彼の許可なく仕事場に立ち入ることはできず、その許可を得られた人もほとんど存在しませんでした。彼はドアに鍵をかけ、特別に設けたドアの小窓から差し入れらる食事しか受け付けませんでした。

ブラシュカ親子のような環境であったなら!COVID-19の拡大により、突然家で仕事をすることを余儀なくされた何万人もの人たちがそう思ったことでしょう。Zoomや携帯電話の不安定な接続にイライラし、わんぱくな子供たちの喧騒の中で仕事をすることと比べたら、研究に必要な資料と設備を徹底して整えた水族館のような空間の方がどんなに心穏やかでしょう。

ホームオフィスや在宅勤労者について、歴史的に考察すると、貧困層または富裕層に二極化する傾向が見受けられます。つまり、ドレスを縫ったり、シャツの襟を洗ったりといった細かな労働を家であくせくとこなす低所得者か、または従者に命令すれば家にいながら何でもできてしまう裕福な権力者か、そのどちらかだったのです。前者は女性、後者は男性であることが多く、性差別にも関わる問題であると考えられます。
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女性でありながら小説家として成功を収めたヴァージニア・ウルフでさえ、1928年にこのような言葉を残しています。「女性作家になるのに必要な物、それはお金と自分の部屋。」当時、女性がその双方を手に入れることがいかに難しいか、ヴァージニア・ウルフ自身が身をもって感じていたことがうかがえます。

産業革命以降、多くの人は家から出て外で働くようになりました。工場で、オフィスで、公共施設や公共スペースで。働く場所、そして私たちの働き方も、その社会構造に合わせて発展してきました。

アメリカの工業デザイナーである、ジョナサン・オリバレスは、2011年に発表した著書”A Taxonomy of Office Chairs”の中で、働く環境に合わせてカスタマイズされた、いわば最初の「オフィス家具」ともいえる製品がどんなに早い段階から登場していたかということについて言及しています。1840年代に、イギリスの自然学者であるチャールズ・ダーウィンが発明した、車輪のついたチェアが、現代におけるキャスター付きオフィスチェアの起源といわれています。

発明心旺盛だったダーウィンは、木製のアームチェアの脚をベッドに使われている鉄の車輪に挿げ替えました。イギリスの郊外ケントに位置する彼の自宅の長いテーブルにずらっと並べた標本の列を精査する際、彼はお手製のキャスター付きチェアを活用していたそうです。
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ジョナサン・オリバレスは、また20世紀のワークプレイスのデザインについても言及しています。働く人々の構造の縦方向への階層化と横方向への標準化が進んだことにより、ワークプレイスは企業文化をより色濃く映し出すものとなり、デザインも多様化しました。フランスの映画監督ジャック・タチは、1967年の代表作”Play Time”の中で、登場人物ユロの目を通し、画一化された箱型の部屋と通路が並ぶ現代のオフィスをまるでユートピアの反意であるディストピアかのように風刺しています。
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今世紀に入り、通信技術の発達により、人々はより自由に働く場所を選ぶことができるようになりました。同時に、企業も住まいも賃貸物件を基本とする世代、つまり、たくさんの人が一時的にひとつの場所を共有しながら働き、暮らす時代が到来しました。その時代の需要に合った、柔軟性の高い家具やシステムを発表し始めたのが、フランスのデザインスタジオ、ロナン&エルワン・ブルレックです。
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2002年、彼らとヴィトラの最初に発表した製品「ジョイン」は、スクリーンを取り付けることにより個人的な空間を作り出すことができ、取り外せば会議に適したオープンな空間にもなるモジュラーシステムのデスクでした。2年後に登場した「ジョイン ハット」は、移動可能なモバイル式ワークシステムで、広いスペースの中に、一時的に小さなワークスペースを作り出すことができるものでした。
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物件の賃料の高騰により、働く面積の節約に迫られたり、在宅勤務を推奨したりといった、多少の変化はあれど、「一時的な働く環境の創設」、それが長い間、私たちの働く環境・ワークプレイスのデザインの基本となってきました。ブラシュカ親子やダーウィンのように徹底して整備された環境ではなく、一時的・即興的な方法を応用して働くことが一般的です。スペインの建築家フェルナンド・アベラナスほど極端な例も珍しいですが。彼はバレンシアでスタジオの家賃が払えなくなったため、コンクリートの橋の下に、デスク、チェア、棚まで取り付けてワークプレイスを作ってしまったのです。
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COVID-19の流行の間、在宅で働かざるを得ない状況による在宅勤務の急増、それは今後、人々の働き方にどのような影響を与えるでしょうか。流行が終息した後も、多くの人はその継続を望むのではないでしょうか。「家から働かなくてはいけない。でも。もしかしたら誰もオフィスに戻りたいとは思わないかも。」つい最近のガーディアン紙の見出しです。なぜでしょう。私のように家で働くことを長い間当たり前としてきた人たちは、しばしば、ホームワーキングの素晴らしさを語ります。特に外へ出かけて気晴らしをしなくても、仕事には十分集中できるものです。さらに自分で自由にスケジュールを管理でき、好きな時にスナックを頬張り、面倒な通勤や退屈な社内の政治からも自由でいられる。午後のちょっとした息抜きにNetflixの”Top Boy”を観ることも!

とはいえ、従来から在宅勤務をしてきた人たちは、自ら望んでその働き方を選び、必要性に合わせてデスクやオフィスチェアを揃え、自宅で働く環境を整えてきました。自ら選ぶのと、突然そうせざる負えない状況に放り込まれるのとでは大きな隔たりがあります。パンデミックを描いた小説”ingénue”に登場する人たちのように、長期に渡る巣ごもり計画に基づいた準備や、その為の新しい技術を磨いていた人なんてほとんどいないでしょう。

今回の世界的COVID-19の流行について、社会や人との関係性が切り離されたり、経済的に深刻な危機に陥ったり、愛する人が感染のリスクにさらされるといった暗黒の期間として記憶に残る人も多いでしょう。程度の差はあれど、私たちがこれから先、どのように暮らし、どのように働いていくのか、根本的に見つめ直す契機となる出来事です。

ある人はより安定と安全性を求めて、決められた場所に出社する正規雇用を望むようになるかもしれません。また、ある人はこのような危機的な状況においても生き延び、回復するという事実に力を得て、より独立的で挑戦的なことをやってみたいという気持ちに駆られるかもしれません。

そしてある人は、企業のコスト削減対策により、さらにリモートワークを続けなくてはならないかもしれません。企業側や雇用主もまた、今までチーム間での何気ない会話から生まれたアイディアや信頼関係、共通の目的意識などを、画面越しのデジタルな方法でいかに育むかという問題に直面します。

COVID-19の危機がどのように、いつ終わりが訪れるのか、今はまだ誰にもわかりません。しかし、COVID-19以前と以降では、私たちの暮らしも働き方もすべてが変わるでしょう。


Publication Date: 27.03.2020
Author: Alice Rawsthorn
Images: 1. Legendary graphic designer Peter Saville in his studio at his home in London, photographed by Nigel Shafran, 2004 © Nigel Shafran www.nigelshafran.com, 2. Polyclonia frondosa jellyfish glass model, Leopold and Rudolf Blaschka © The Trustees of the Natural History Museum, London, 3. Aurelia aurita jellyfish glass model, Leopold and Rudolf Blaschka © The Trustees of the Natural History Museum, London, 4. Women in Thuringia (Germany) produce dolls as piece work in their homes, around 1935 © AKG-images, 2020, 5. Interior of Charles Darwin's study with his self-designed chair © Wellcome Collection / Creative Commons Attribution (CC BY 4.0), 6. PlayTime, Jacques Tati (1967) © Les Films de Mon Oncle - Specta Films, 7. Joyn, Ronan & Erwan Bouroullec, 2002 © Vitra, Photo: Marc Eggimann, 8.-9. Joyn Hut, Ronan & Erwan Bouroullec, 2004 Copyright: Vitra, Photo: Miro Zagnoli, 10. - 12. Studio under a bridge, Valencia, Spain by Fernando Abellanas, lebrelfurniture Photo: Jose Manuel Pedrajas

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