ヴィトラ デザイン ミュージアムが所蔵する世界最大級のプルーヴェコレクション

コレクションキュレーターへのインタビュー

ドイツのヴァイル・アム・ラインに位置する「ヴィトラ デザイン ミュージアム」は、世界最大級のジャン・プルーヴェ製品のコレクションを所蔵しています。その歴史は、1980年代初頭、パリを訪れた現ヴィトラ名誉会長のロルフ・フェルバウムが、1954年にデザインされたジャン・プルーヴェの「アントニー」チェアを手に入れたことから始まりました。
ロルフ・フェルバウムが長年に渡り収集してきたジャン・プルーヴェのアーカイブは膨大な数にのぼり、2006 年にヴィトラデザインミュージアムで開催された展覧会‘Jean Prouvé: The Poetics of the Technical Object’でその数々が展示されました。

展覧会以降も、コレクションは拡大を続け、今日では約 170 点に及びます。それらは、展示や研究に使用される他、ヴィトラのジャン・プルーヴェ製品コレクションの開発において極めて重要な役割を果たしています。

ヴィトラデザインミュージアムのコレクションキュレーターを約35年務めるセルジュ・モデュイに、ジャン・プルーヴェ製品の開発に携わってきた長き日々からの想いと考察について聞きました。

いつ、どのようなきっかけでヴィトラデザインミュージアムで働きだしたのですか?

セルジュ・モデュイ: 私がヴィトラデザインミュージアムで働き始めたのは、正式に開館する前年の1989年です。もともとは、ロルフ・フェルバウムが初代ディレクターに指名したアレクサンダー・フォン・ベジェサックの秘書でした。ロルフ・フェルバウムとアレクサンダー・フォン・ベジェサックは、かねてよりトーネットの家具に対する共通の興味関心を持っていたことでそれが協力関係の基盤となりました。

ベジェサックと私は、まず、ロルフ・フェルバウムの家具コレクションの全体像に着目しました。1970年代後半から始まった膨大な家具コレクションを、それぞれ300から500程で分類した後、写真撮影や展示で必要なものを追加購入するなど、ヴィトラデザインミュージアムの開館に向けて、さらに整理を進めました。開館当初のコレクションは、貴重かつ重要な作品を含む チャールズ&レイ・イームズジョージ・ネルソンのデザインと、イタリア、北欧の家具デザインを主として構成されました。また、ヴィトラキャンパス内に、コレクションを保管するための施設も必要と考えていました。

ジャン・プルーヴェのコレクションについて聞かせてください。最初にコレクションした家具がアントニーチェアであったというのは本当ですか?

はい、その通りです。ヴィトラデザインミュージアムに所蔵されているジャン・プルーヴェのコレクションは、1980年代にロルフ・フェルバウムが収集したものです。1954 年デザインのヴィンテージのアントニーチェアは、私が働き始めたときから、すでにコレクションの一部として存在していました。

家具の収集が始まってから数十年を経て、ヴィトラデザインミュージアムは、現在、世界でも最大級の家具コレクションを所蔵するミュージアムのひとつです。7,000点の家具を含む、合計約20,000点の所蔵作品を有しています。あなたはロルフ・フェルバウムとともに、イームズオフィス、ジョージ・ネルソン、アレキサンダー・ジラード、ヴァーナー・パントンなど名だたるデザイナーの残したオブジェや手紙等の遺品や資料を含むアーカイブを整理し続けてきました。それは、貴重で学びにあふれた類まれなる経験に違いありません!ジャン・プルーヴェのコレクションについては、どのようにして、世界最大級のコレクションへと成長したのでしょうか?

ヴィトラデザインミュージアムのジャン・プルーヴェコレクションは、世界で最も多く、多様な種類を揃えていることに間違いありません。しかし、それでもすべての種類と型を網羅しているわけではありません。ジャン・プルーヴェのデザインした家具は、それぞれの種類ごとに、多数のバリエーションが存在するため、すべてのタイプをコレクションするということは、おそらく不可能ではないでしょうか。 彼の工房であった「アトリエ ジャン・プルーヴェ」が生産した家具のほとんどは、顧客の注文に合わせてカスタムされていました。名作椅子として知られる「スタンダード」は、プルーヴェ製品が「デザイン的進化」を遂げていたことが分かる典型的な例です。スタンダードは、「構造重視」の哲学を根幹に据えつつも、顧客のニーズや素材の変化に応じた改良や対応、適応の工夫が施され、それゆえあらゆるバリエーションが作られました。ヴィトラ デザインミュージアムのアーカイブの一部を一般公開している 「ヴィトラ シャウデポ」では、現在、スタンダードの歴史上存在したさまざまなモデルとその進化を時系列に展示されています。

「フォトゥイユ ビジター」などの、リクライニング式のアームチェアもまた、プルーヴェのデザイン的な進化が分かる事例のひとつですね。このタイプのアームチェアもさまざまに変化を遂げたバリエーションが残っています。ヴィトラデザインミュージアムのアーカイブには、何種類くらいがありますか?

このモデルには3つのバリエーションがあります。合板の背もたれとアルミニウムの座面を備えたフォトゥイユビジター、木製の添え木と調節可能な背もたれを備えたバリエーション、そして、座面から背もたれ、後ろ脚までが木製の非常に希少な「フォトゥイユ カングルー」です。ジャン・プルーヴェが、アームチェアを「カングルー」と名付けたという事実は、彼のユーモアセンスがうかがえるエピソードです。動物の「カンガルー」を連想させるたっぷりとした座席と、その重量を後脚が支える構造は、その他のプルーヴェ製品にも応用されています。彼は、この構造を補強するため、あえてフレームの後部に太さを持たせ、まるで飛行機の翼のような形状を作り出しました。このデザインもまた、彼の建築から家具まで多くの作品の中に見出すことができます。

もっとも最近コレクションに加わったジャン・プルーヴェのデザインは何ですか?

最近新たにコレクションに加わったのは、小さなスツールです。このスツールは「タブレ ソルヴェイ」によく似ていますが、明確な違いが数か所あり、特に金属の接続部分が異なります。前述したように、私たちは可能な限りすべての種類を集められるよう努めており、ヴィンテージの市場に出回る前に、希少で珍しい逸品を見つけることもあります。しかし、現在の高騰した価格を鑑みて、あえて購入しないということもあります。

おっしゃる通り、ここ20年で、ジャン・プルーヴェのヴィンテージ人気と価格は大きく高騰しました。ヴィトラデザインミュージアムと、ヴィンテージギャラリーやオークションハウスとの違いは何でしょうか?

ヴィトラデザインミュージアムのコレクションは、研究や展示を目的としているため、それらを販売することはありません。ジャン・プルーヴェは20世紀を代表するデザイナーのひとりであり、私たちは、デザインミュージアムとして彼の作品の所蔵と研究、展示に長年注力してきました。ヴィンテージコレクターやオークションハウスの多くは、将来転売するための投資目的で作品を購入している場合が多いと思います。

数十年に渡り、ジャン・プルーヴェの作品を傍で見続けてきたことで、ジャン・プルーヴェという人物自体についても理解が深まったと感じますか?

ジャン・プルーヴェは、大学などの教育施設や公共空間の向けた家具を多くデザインしていて、その経歴がすでに彼の人間性についての多くを語っています。これらのデザインが、その後さらに改良を重ねて、国内市場向けに量産されました。彼は社交的な人物であったことがうかがえます。自らを「Constructeur(建設家)」や、「Factory man」と称し、従業員とともに自らの手によって機械を操り、試作や製造に携わっていたそうです。第二次世界大戦中、ジャン・プルーヴェの工房兼製造所は、200人の従業員を抱える工場にまで拡大しました。1950年代、アトリエジャン・プルーヴェを手放すことになったときは、まるで両手を失ったかのような失意の念に駆られたと言われています。
ヴィトラデザインミュージアムは、家具メーカーであるヴィトラから独立した機関です。所蔵される世界の膨大なデザインやアーカイブは、ヴィトラの製品開発だけでなく、多くの展示会、出版物、研究の基礎となる大切なコレクションです。

これらのコレクションは、ヴィトラのブランドとしてのアイデンティティを形成する重要な要素です。さらに、過去の名作デザインと現代の最新デザイン双方の製品コレクションを開発し世の中に広めていくにあたり、このようなコレクションを有する会社であるということは極めて大切です。ヴィトラデザインミュージアムのコレクションは、ヴィトラの従業員とデザイナーに学びと多大なインスピレーションを与えてくれる財産でもあります。

Publication date: 9.6.2022
Author: Stine Liv Buur
Images: Vitra

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