サステイナブルな椅子

ティプトンRE開発にまつわるインタビュー

耐久性とデザイン双方の観点から長い年月使い続けることができる製品を開発すること。それこそが、ヴィトラが創業時より取り組んできた最大のサステイナビリティ(持続可能性)への貢献です。1980年代半ばより、この取り組みを一層拡大し、工場やオフィスでのエネルギー消費量の削減や自然エネルギーへの投資が行われてきました。素材に対しても注意深く選定し、社会的、環境的に良くないとされる素材は避けるようにしています。ヴィトラ製品に使用されるアルミニウムの90%はリサイクルされ、革やコルクなどの原材料は環境への同じ意識をもつヨーロッパのパートナー企業から調達されています。

ヴィトラは、高品質の素材で製品を製造することこそ、バリューチェーンの最も重要な要素と考えてきました。プラスチックについても同様で、質と耐久性の高い製品を長く使い続けることは、使い捨てのプラスチック容器や廃棄物とは正反対の考え方です。さらに、長く使い続けられた製品を回収し、リサイクルすることで、ひとつの製品の寿命をさらに長く延ばすことができます。ヴィトラの歴史にとって、プラスチックはとても大切で、要となる素材です。ヴィトラが自社で開発した最初の製品である「パントン チェア」は、プラスチックを素材に用いることで、デンマークのデザイナー、ヴァーナー・パントンが思い描く有機的な曲線を実現し、1960年代という時代を象徴するデザインアイコンとして現代でも広く知られています。

そして今、ヴィトラは初の再生プラスチック製チェアを発表しました。2011年に、 エドワード・バーバーとジェイ・オズガビー によってデザインされた「ティプ トン」の最新モデル、 「ティプ トン RE」 です。ティプトンは、一般的なオフィスチェアのように複雑なメカニズムを搭載せずとも、椅子の先端を工夫することで前傾機能を実現した、デザインと機能ともに画期的なチェアです。ティプトンREには、3.6kgの再生ポリプロピレンが使用されています。これらの再生ポリプロピレンは、ドイツの「イエローバッグ」プログラムという、プラスチック容器など家庭から出るリサイクル可能な廃棄物を黄色いバッグに入れ回収されたものです。ほんの数ヶ月前まで、ドイツの家庭にあったシャンプーボトルやヨーグルトのパッケージだったかもしれません。

ヴィトラのチーフデザインオフィサーであるクリスチャン・グロッセンに、ティプトンRE開発にいたった考えを聞きました。

ヴィトラとして最初の再生プラスチック製品を開発するにあたり、新たなデザインではなく、既存の製品を再設計することに難しさはありましたか?

ティプトンを選んだ理由は、それがもともとプラスチックのみで作られている椅子だからです。新たな素材を試すために、既存製品を使うのはとても有効な手段です。再生ポリプロピレンはプラスチックの一種ですが、製品への使い方はまた異なります。既存の製品においては、技術的に発生する可能性のある難しさをあらかじめ予測することができます。今まで作り続けてきた慣れ親しんだデザインと、素材の新たなアイデアを組み合わせることにより、ヴィトラが取り組む革新性と持続可能性を凝縮して表現することができました。スタート地点として、ティプトンは最高の製品でした。

製造過程では素材においてどのような違いがありましたか?

椅子の強度が問題でした。リサイクル素材を用いるときにしばしば生じる問題です。そのため、使用料を最小限に抑えながら、グラスファイバーを追加しました。グラスファイバーとポリプロピレンを混合すると、製品の表面を均一に保つことが難しくなるため、幾度も試作を重ねました。椅子のフォルムを形作るための技術的な詳細と、鋳型形成の金型への流し込み、二つの側面について追及しなくてはなりませんでした。既存製品の質よりも低いレベルで妥協するような素材は必要ないと考えていました。質だけでなくテストや国際基準の認証もティプトン同等でなくては意味がありません。そのため、何度も試行錯誤を繰り返しながら、混合するグラスファイバーの量を見つけていく作業でした。

原料となるポリプロピレンの供給元はどのように決定しましたか?

再生プラスチックを使用する際は、家庭ゴミや回収物による、消費者の使用済みのものポストコンシューマー材、産業廃棄物によるものポストインダストリアル材、または海洋プラスチック材かを選ぶことができます。それぞれ長所も短所もあります。私たちがイエローバッグシステムを選んだ理由は、素材の出所とその行く末、旅の過程が分かりやすかったからです。家庭のプラスチック容器等のゴミが洗浄され、粉砕され、新たなものに姿を変える、とてもシンプルです。また、素材の現地調達も大切な要素の一つです。ドイツで回収され、生まれ変わった素材は、北イタリアのパートナー工場で椅子として製造され、ドイツを初めとするヨーロッパ諸国の店頭に並び、販売されます。ヨーロッパの材料をアジアの工場で製造することは、かつては一般的だったかもしれません。しかし、その往復に輸送によって、不必要なエネルギー消費が発生し、地球や環境に良くない影響を少なからず残すことになります。
ティプトンは8色展開ですが、ティプトンREはダークグレーの1色展開なのですね?

はい。再生プラスチックには、裁断され粉砕されたゴミや不純物が混在しますが、それをより分けることは不可能なため、もしあらゆるカラー展開や、統一したカラーにしたい場合、顔料で塗装するか、漂白剤を使用しなくてはなりません。私たちは、その方法を選ばず、あえて素材を素材のまま表現したいと思いました。それぞれの椅子の表面には、混在した不純物が小さな斑点として現れます。それは、決してマイナスではなく、再生プラスチックという素材の特徴として、とても興味深い現象です。まるで木材の年輪が木の成長を物語るように、ひとつひとつの椅子に現れる斑点が再生プラスチックの形成過程を物語っています。

強度と耐久性のテストについて教えてください。

ヴィトラ製品は、すべてに対して厳格な試験を実施しています。BIFMA(米国家具製造業者協会)の試験や、ENやGSなどのヨーロッパ規格で認証を取得するためには数千回の使用への耐久性が保証される必要があります。上から物を落として強度を試す機械を使うなどして、独自のテストもいくつか行っていますが、国際規格よりもさらに厳しい基準を設けています。ティプトンREの開発においては、ティプトン同様のレベルを達成することが必須でした。

「サーキュラーエコノミー=循環型経済」に対応する製品作りは、デザイナーとメーカーに多少の制限が生まれます。それらの制約についてどう思いますか?

確かに、それは大きな挑戦です。しかし、現在とこれからに必要とされることである以上、私たちは適応していく方法を考えるべきです。それがデザイナーとメーカーに課せられた責任です。この過程で、私たちはたくさんのことを学ぶでしょう。新たな素材や製造工程を試していく中で、未知の結果に遭遇することがあるでしょう。それはサーキュラーエコノミーへの知識とデザインや技術の知識のデータベースに追加されます。新たなデザインや機能を生み出したり、発見することとは異なる学びです。まだルールはありません。これから私たちがルールを作り綴っていくのです。

ティプトンREのプロジェクトから、どのような個人的な学びがありましたか?

再生プラスチックの材料となる破棄物を供給する業者を訪ねた際、私は裁断された食品包装の袋を見ました。それは洗浄前で、食べ物の臭いがまだしていました。このゴミが、これから長い間使い続けることができる製品として蘇った姿を想像したとき、とても嬉しく思いました。使い捨てされる素材から、長く使える製品が生み出される。こんなに理に叶ったことはありません。その時、プロの音響エンジニアインタビューを思い出しました。彼は、音響に良いも悪いもなく、目的に対して正しい方法か間違った方法か、それだけだと言っていました。それはプラスチックという素材を、私たちがどのように使うべきかと重なります。プラスチック自体は素晴らしく、優れた素材であり、暮らしにおいても一般的かつ慣れ親しんだ素材です。しかし、その使用法について考え直す時に来ている、そういうことです。新たな素材として生み出された、再生プラスチックについても、それをいつ、どのように、何と組み合わせて使用することが最善なのか、どう使ったら長く使い続けることができる製品づくりに役立つのか、検討し、理解しようと挑むことが大切なのではないかと思っています。

Publication Date: 22.4.2021
Author: Louis Wustemann
Images: Lorenz Cugini, Studio AKFB, Dejan Jovanovic, Marc Eggimann

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