日々新たな「何か」が生まれる

展覧会 『プラスチック:世界を再生する』にまつわるインタビュー

ドイツのヴァイル・アム・ラインにある 「ヴィトラ デザイン ミュージアム」で開催中の展覧会 『プラスチック:世界を再生する』では、かつては革新的な素材であり、現在は物議の中心であるプラスチックという素材の歴史を検証しています。この展覧会は、今日のプラスチックの使用法、プラスチックから発生する廃棄物、プラスチック製品のライフサイクルなどを考慮した上で、いかに地球環境を守っていくか、みなが考え議論する場でもあります。展覧会カタログには以下のインタビューが掲載されています。

ロルフ・フェルバウムさん、1950 年代から 60 年代の家具製造を振り返った時、当時、プラスチックをどのようなものだと思っていましたか?また印象深い思い出などありますか?

ロルフ・フェルバウム:そうですね。新たな船出とわくわくした楽観的な感覚でしょうか。プラスチックという素材は、どんなものにでも形を変え、これまで夢見るだけであったような物体を現実化できるということは、とても魅力的でした。しかし、チャールズ・イームズが指摘した危険性が潜んでいることも薄々感じてはいました。何かをゼロから創造する力には、プラスと同じようにマイナスの要素を創り出す可能性も秘めているということです。プラスチックが地球環境に負の影響を与える可能性を当時は想像もしませんでした。それはまさに夢の新素材でした。

初期のヴィトラにとってもプラスチックは大きな存在でした。

ロルフ・フェルバウム:私の父はプラスチックに対して親近感を抱いていました。店舗什器を製造する会社であった当時、衣類の展示のために「パースペックス」という素材によるマネキンを製作したいました。パースペックスは、複雑な機械を用いずとも熱によって自在に成形できるため、製造コストが非常に安価な素材でした。、1952 年、ドイツ人デザイナーのハンス・テオ・バウマンとヴィトラは、パースペックス素材の椅子を共同開発した歴史もあります。しかし、パースペックスは傷がつきやすく、家具の素材として最適とはいえませんでした。

マンフレッドさん、あなたは、1960 年代初頭からヴィトラでプラスチック製の家具の開発に携わっていましたね。そのきっかけは何でしたか?

マンフレッド・ディーボルド:1950 年代初頭より、私は、レイモンド社で見習いの後、工具や製造機器を開発する技術者として働いていました。そこで、自動車業界に向けた、プラスチック部品の製造機器開発に携わっていました。その後、レラハにあるStara-Werke という企業に転職しました。発泡スチロールからフラワーポットや収納用ボックスなどを製造していた中で、ヴィトラから店舗什器製作の依頼を受けました。それが私とヴィトラの最初の出会いでした。

あなたがヴィトラで働きだしたのは1962年からですよね。

マンフレッド:以前の仕事のひとつは、発泡スチロールの生産過程を確立し、それを応用して、プラスチックの生産方法の糸口を見つけることでした。ヴィトラの創業者であるウィリー・フェルバウムは、外部のサプライヤーから可能な限り独立したいと考えていたため、鋳型成形機、押出機、深絞り機など、プラスチック製造に必要なすべての機械を少しずつ入手していきました。そして、ついに、マネキン本体をブロー成型できる成型できる大型機械まで導入しました。そういった土台の上で、プラスチック製の家具の生産は始まりました。

ヴィトラの歴史の重要な転機は、チャールズ&レイ・イームズとの協働でした。ここでもプラスチック、特にガラス繊維強化ポリエステルという素材が重要な役割を果たしました。

ロルフ・フェルバウム:ガラス繊維強化ポリエステルは、たとえばボートの船体のような大型の成型であっても、まるで手で曲げるかのように簡単に製造・加工することができます。チャールズ・イームズとゼニス社が共同で開発した製造法により、イームズチェアのシェルを大量に生産することが可能になりました。1960 年代に一般的になった、ポリプロピレンによる射出成形技術は、工業化による効率的な大量生産への新たな一歩でした。私たちはチャールズにポリプロピレンの椅子をデザインしてもらえないかと依頼しましたが、当時、彼は興味がないようでした。ポリプロピレンはガラス繊維強化ポリエステルとまったく同じようにはいかず、シートシェルの側面の寸法を大幅に大きくする必要がありました。チャールズはそれが気に入らなかったようです。彼はまた、ガラス繊維強化ポリエステルに含まれるガラス繊維によって生じる、やや不規則で生き生きとしたテクスチャアにも魅力を感じていました。それに比べて、ポリプロピレンはのっぺりとして見えます。
ちなみに、私は最近、ポール・シェアバートの著書「Glasarchitektur」に出会い、応用芸術におけるガラス繊維に関する次のような一節を見つけました。 『ガラス繊維は、芸術の分野だけでなく、ソファカバーや椅子の肘掛けなどにも応用でき、まったく新しい産業を生み出す可能性がある』、その本の中で、彼が語ったガラス繊維の種類は、ずっと後にグラスファイバーに利用されました。1914 年、シェアバートは業界に対し、素材と生産方法の再考を促しています。『これからはどの業界も、ガラス繊維に注目するようになるでしょう。家具にも床材にも、今後は耐火性の素材であるガラス繊維の存在がますます重要になると考えられます』


グラスファイバーを使ったシェルの製造に必要な技術的ノウハウはどのようにしてアメリカからヴァイル・アム・ラインに伝えられたのでしょうか?

マンフレッド:ウィリ・フェルバウムとハーマンミラーの交渉により、グラスファイバー強化ポリエステルを素材にシェルを製造するライセンス契約が結ばれました。その後、私はソール・フィンガーハットの指導を受けるためにサンタモニカのゼニスに派遣されました。そこでは、注意事項を含む製造のプロセスすべてを学びました。

ヴィトラで自社開発された「パントン チェア」の最初のモデルも、グラスファイバー強化ポリエステルを素材として使っていました。

マンフレッド:そうですね。しかし、チャールズ・イームズとはまったく逆で、ヴァーナー・パントンは素材の凹凸が見えることを望まず、表面は完全に滑らかにしたいと考えていました。ファーストモデルの開発に1年を費やしました。パントンは夜行性の仕事人で、日が沈むとランプをもって私に近づいてきて、試作品を四方八方から照らして、表面に変化や変形がないかを確認しました。1967 年の雑誌「モビリア」に掲載されたモデルでさえも、グラスファイバー強化ポリエステルで作られた手作りの状態のサンプルでした。私のチームにはマネキンの制作経験があるスタッフが25人もいて、鋳型により一体成型する方法は熟知していましたが、それでも完成までには非常に時間がかかりました。



その代替品としてバイデュル社のポリウレタンを見つけたのですね。

マンフレッド:はい。デュッセルドルフのプラスチック見本市でバイデュル製の車のボンネットを見たウィリ・フェルバウムは、この素材をもっと知りたいので、バイエルの本社を訪ねるよう言いました。私は、そこで、「パントン チェア」のアイデアを説明し、アルミニウムかスチールの型の中で成型する必要があり、さらに加熱後すぐに冷却しなくてはならないということが分かりました。4週間後、再び、車でバイエルに戻りプラスチック成型に取り掛かりました。圧力に耐えられるように金型にいくつか小さな空気穴をあけたため、ポリウレタンを射出するときは身を隠さなければなりませんでした。しかも、それでも圧力が高すぎたので、あらゆるところに飛び散ってしまいました。金型をきれいにしてから、ネジでしっかりと閉め直した2回目の射出で、ついに座れる椅子が出来上がりました。そのとき初めて、バイデュル社は、自社が開発した素材の可能性について認識したそうです。1968 年に「パントン チェア」の大量生産を開始しましたが、依然として、ひとつひとつの椅子を研磨し、凹凸を埋めてから塗装する必要がありました。

つまり、大量生産とはいえ、まだまだ多くの手作業が含まれていたということですね。

マンフレッド: 需要がいよいよ高まり、どうやって大量に生産するかという問題が生じました。そして、その時にちょうど、150年の歴史を持つ世界最大の総合化学メーカーであるBASFが私たちに「合成樹脂のルーランを射出成形することで椅子が製造できるはず」と打診してきました。そこで、この合成樹脂の耐老朽化性が未知であったにも関わらず、プロトタイプを作成してみました。1971 年以降、この素材を使って量産されるようになりました。

プラスチックであるルーランを用いて製造することで、時間を要する手作業の仕上げが必要なくなりました。これは、プラスチックで椅子を製造するメリットのひとつです。自由な発想で新たなデザインに挑戦できること、特にそれを大量生産したい場合、低いコストでの生産が可能です。

ロルフ:この点で、イギリスの家具デザイナーであるロビン・デイは、イギリスのHille社のために開発したチェアで大きな成果をあげました。シェルをポリプロピレンの射出成形で作ることで、驚くほど低価格で発売されたこれらのチェアに、市場は大いに刺激を受けました。これは、ホールや講堂などで見られる椅子の代表「イームズ グラスファイバー チェア」の時代はすでに終わったとさえ言われるほどでした。1970 年代に生まれたもうひとつの重要な発明は、モノブロック社から発売された単一の金型から製造される全プラスチック製チェアです。安さ以上に、この椅子と素材がもたらす別の効果に魅了されました。多少のぐらつきを感るほどの柔軟性があり、だからこその快適性がありました。しかし、価格を唯一のメリットとして追求したことは、当然ですが品質の低下を招きました。モノブロックチェアは少しの使用で、すぐに見苦しい状態になってしまい、埋め立て処分される他はなくなってしまいました。プラスチックのこのような使用方は、環境保護の観点からは大問題です。しかし、「イームズ シェル チェア」や「パントン チェア」は、何十年にも渡り使用することができるため、環境的には、より合理的なプラスチックの使い方だと思います。

現代の家具製造においてプラスチックが果たす役割に注目すると、まったく異なる課題が存在します。トーマス、あなたは、ヴィトラにおいてサステナビリティに関する技術と研究をリードする人物です。これから、プラスチックという課題に対してどのようにアプローチしますか?

トーマス:私のチームにとっての最初の仕事は、バイオプラスチックを調査することでした。バイオプラスチックとはどのようなものでしょうか?その特性は?使用する際の基準は?私たちは幅広い調査を実施し、原材料、価格、リサイクル可能性、機械的特性などの要素を洗い出し、評価マトリックスを作成しました。たとえば、標準的な射出成形機での加工性は高く評価されますが、バイオプラスチックでそれが不可能な場合は、多額の投資が必要になるからです。バイオプラスチックは、石油から作られる従来のプラスチックとまったく同じである必要はないため、着色性は多少低くても良いと判断しました。また、私たちは食用素材から作られたプラスチックは使用しないことにしました。このようにして、徐々にマトリックスを埋めていったところ、最終的に、長い期間使い続けることができるような家具の素材として適していると思われる要素はひとつもありませんでした。しかし、実践的な経験に基づいたデータを収集するために、3つの素材をテストしました。

サトウキビを砂糖に加工する過程で生まれた副産物を素材とする2 種類のポリエチレンと、ヒマシ油から作られたポリアミドです。残念ながら満足のいく結果が得られず、当面はバイオプラスチックの使用を控えることにしました。しかし、この経験から私たちが学んだことは、バイプラスチックの代わりに、循環型の経済とリサイクル、つまり、従来の石油から作られるプラスチックをできるだけ長く循環させることに焦点を当てるべきだということです。

素材の質の違いはどのように影響するのでしょうか?

トーマス:一般に、リサイクル製品の素材が多様になればなるほど、特性を正確に定義することが難しくなると言えます。多くの高品質のPIR (産業廃棄物由来のポストインダストリアル)のリサイクル製品は、主材料がほぼ単一であるため、非常に安定しています。これは、PCR (一般家庭廃棄物由来のポストコンシューマーリサイクル)の製品では、それがやや難しくなります。ドイツでは、家庭で出るプラスチック包装材を廃棄回収する「イエローバッグ」制度があります。イエローバッグには、さまざまな種類のプラスチックが含まれているため、リサイクルするには、種類ごと、色ごとに分別する必要があります。ここでは、このプロセスを熟知した適切な企業と協力することが重要です。

家具製造に対して、ポストコンシューマー材を使うことにしたのはなぜでしょうか?

トーマス:原材料となるプラスチックは、高品質の家具に使用できるよう生産過程で最適化される必要があります。生産過程では、粒物が溶解され、添加剤が混合され、再度生成されます。この過程により、耐紫外線性、流動性、機械的特性を向上させることができ、プラスチックの着色性も担保することができます。多くの場合、安定性、耐圧性、引張強度、耐傷性を向上させるために、ガラス繊維も添加されます。このような生産プロセスにより安定性が高く、さらに薄い再生プラスチック生成を実現することができ、それはプラスチック素材の節約にもつながります。

それを製造する過程でもまた廃棄プラスチックは生まれますか?

トーマス:私たちは、素材となるプラスチックも無駄にならないようにしたいと考えています。ヴィトラでも、欠陥のある部品、オーバーフロー、またはスプルー部品を粉砕し、その材料を次の射出成形の素材として追加します。しかし、これはある程度までしかできません。粉砕されていないものはすべて収集され、リサイクル会社に引き渡されて再処理され、循環する仕組みです。

プラスチックは将来的にも家具の分野で有用な素材であり続けるでしょうか?

トーマス: 私たちは、家具の素材として、プラスチックは依然として重要な役割を果たしていると確信しています。問題とすべきは、むしろプラスチックがどのように使用されるかということだと思います。それはクレバーかつ責任を持って行われなければなりません。「パントン チェア」や、ジャスパー・モリソンの開発した「エヴォック」を見れば、プラスチックという素材が、優れたデザインを、高品質で適正価格に生産する効率的な方法であることがわかります。将来的に重要なことのひとつは、あらゆるプラスチック製品が適切にリサイクルおよび再利用できるためのシステムとインフラを構築することです。直線経済から循環経済への切り替えは、現代社会が抱えるもっとも重要な課題のひとつです。日々移り変わるこの分野での研究はとても楽しいです。毎日、何か新しいことが起こります。新しいアイデア、コンセプト、テクノロジーが日々現れます…まるで進化の始まりかのようです。プラスチックの責任ある使用は、デザインとデザイン業界の未来に影響することで、この進化に関わることにとてもやりがいを感じています。

Publication date: 25.5.2022
Images: Jun Yasumoto, Vitra Corporate Archives, Vitra;


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